
猫と格闘したことのある人間だけが書けること
猫のおもらしや、スプレーの原因を、「猫のいやがらせ」と判断する著者の視点は、慧眼であると思う。
この視点は、わたしも、自分で飼っていて、そのとおりだと思うのだが、
いかなる飼育書にも、猫雑誌にも、そうは書いていない。
まあ、もし、そんなこと書いてあったら、誰も猫を飼わなくなる。
そして、多くの飼い主は、そう思いたくないことで、猫と向き合うことを、避けている。
だから、原因を本能のせいにすれば、自分も生活も、変えないですむ。
要するに、たとえ動物に対してであっても、真剣に向き合うということは、疲れる。
相手は、「たかが、ペット」である。
しかし、ほんとうに、「猫に心を盗まれた」人間だけが、猫の瞳の色の意味がわかる。
「猫のことを、口のきけないだけの、ヒトと同じもの」だとばかり思っていた、という、著者だからこそ、
猫を飼うというのは、実は、「かわいがってるつもりでも自分の都合を押し付けているにすぎない」、ということ、
究極、そういう飼い方しか、実はできないものだ、という、猫を飼う真実を、はばかりなく口にできるのだと思う。
それを、愛情不足、と、感じる読者がいるのなら、残念である。
自分がしてあげたことを、あげつらって「愛情」と感じられるのが、「ペットを飼うということ」であるのは、事実である。
しかし、それを、一歩、進めたい人間がいることも、事実である。
猫を真剣に愛したからこそではあるが、よくぞ、ここまで、格闘したものだ、と、思う。
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